タイトル倉橋浩一、じつはWebObjectsで飯食ってます》そういえば、昔はMacのプログラマっだったカテゴリー倉橋浩一、じつはWebObjectsで飯食っています
作成日2001/7/27 13:50:7作成者新居雅行
MacWIREに「自在にヘアスタイルやカラーを変えられるシミュレーションソフト」の紹介記事が掲載されていた。

http://www.zdnet.co.jp/macwire/0107/26/n_change.html

つい昔のことを思い出してしまった。

私は今でこそWebObjects屋になっているが、実は元々はMacプログラマだったのだ。いろいろなアプリを書いていたが、その中に一本に、「増毛シュミレーションソフト」というのがあった。アートネイチャーからの依頼で開発したもので、その名の通り、増毛相談に来たお客さんに「あなたに500本増毛すると、ほらこんなにイメージが変わりますよ」というのを示すものだ。CCDカメラから取り込んだ画像を画面に表示し、そこに髪形テンプレートを元にして、一本一本髪の毛を描画していった。

最近は1万円ちょっとのゲームマシンでのリアルな髪の毛が表示されてしまうが、この当時はまだG3が登場する前で、しかも各店舗にマシンを設置する関係上、あまり高価=高速なマシンは使えなかった。確か、performa 6320だったと思う。603e/100MHz、今のiMacと比べると1/20ぐらい性能が低い。

最初の依頼では、計算値や経験に基づいたデータから、「このぐらいの本数ならば、このぐらい地肌が透けて見える」ということをお客さんに示すことができればいい、という話だったが....途中でリアルな髪形、リアルな毛髪を追及する方向に変わっていってしまって、かなり苦労した。

余談だが、私の仕事は、そういう展開になることが多い。最初の仕様よりもかなり膨れ上がってしまうのだ。打合せなどで、つい、「こんなこともできますよ」と言ってしまうのが主な原因だと思うのだが。だれか私を管理してください....できれば私の会社ごと買収していただけるとありがたい。

さて。

リアルな毛髪の表現は、当時たとえば三角柱ポリゴンを用いた手法(NTT横須賀リサーチセンター)などが開発されていたが、そんな処理をperformaでこなせるはずがない。第一、CCDからキャプチャするのは、お客さんの2D画像で、3Dデータではないから、そこに3Dのリアルな毛髪を描画することはできない。かえって不自然になってしまうのだ。リアルさの中でもアートネイチャーが一番にこだわったのが、「ふわっとした質感」だ。アートネイチャーの増毛技術は、本当にすごい。彼らはその技術に絶対の自信を持っている。それゆえ、一番嫌われたのは、「カツラみたいに、頭にペッタリ張り付いたように見える毛」だ。しかし、2Dで「ふわったしたボリューム感」を出すのはかなり難しい。色の濃い毛髪を先に描画して奥行き感を出したり、髪の毛の角度によって光が写り込んでいるかのような効果を出したり、白髪の比率を変えられるようにしたり、お客さんの画像から取り出した色データを元に髪の毛を描画したり、アンチエイリアスをかけて画面のドットよりも遥かに細い毛髪を表現したり....。わりと長かった髪をばっさり?カットして、カットした髪を家に持ち帰り、スキャナの上にばらまいたりして実画像と描画した画像との違いをドット単位で見比べたこともあった。癖のある髪の毛を表現するのに最適な乱数列を求めたり、乱数では駄目なのでカオス理論の端っこを一部頂戴してきたり....。ヒゲの伸びるスピードから投影面積を計算して、毛髪の投影面積と地肌透過率の関係を数値化したり....。いやはや。

また、リアルな髪形データを作るにはかなりの時間がかかる。ところが、アートネイチャーでは、店頭に来たお客さんの見ている前で作っていかなければならないのだ。

最終的には、こんな画像が作れるようになった。「鏡餅に毛が生える」である。

http://www.kt.rim.or.jp/~kurahasi/hairs.gif

残っているのはこの1枚しかない。小さなGIF画像なのでつぶれてしまっているのが残念だ。当時大ヒットした作品として、「ワンレングスの中曽根元総理」とか、今は亡き父の「サーファーカット画像」などがあったのだが。

さて。ここまでやって、私はギブアップした。もう、これ以上はできない、と....。そこまで何度バージョンアップを繰り返しただろう。リビジョン番号が3桁になったのは覚えているのだが。

かくして、このシステムは、全国のアートネイチャー営業所に納品された。数十台のperformaが私の自宅兼オフィスに届けられ、キヤノン販売の担当者たちと夜なべ作業でメモリ増設、インストール、動作確認を行ってから、発送したものだ。部屋が完全にperformaで埋まり、それをツマがぼう然と見上げている姿を今でも覚えている。当時は、Windows95が発売されたばかりで、「アップル/Macは無くなってしまうのではないか?」という世の中だった。アートネイチャーの担当者からもMacを使うことの不安を何度も問いただされた、なんてこともあったっけ。

さて、後日談。

しばらくたって、先方から「アメリカでもっと素晴らしいシミュレーションソフトを見つけてきた」という連絡が入った。そう、顧客は私の仕事に満足できなかったのだ。でも、その後、その「素晴らしい毛髪シミュレーションソフト」が導入されたという話を聞かないのだが、どうなったのだろう。限られた予算と非常に短い期間で仕上げたにしては、私の仕事もそう悪くなかったと思うんですが、ね。

このアプリを少し汎用化してシェアウエアとして配付していた。何年ぶりかためしてみたら、iMac/Mac OS 9でも一応起動したが、すべての機能が動くかどうかはわからないので、ここでは紹介しないし、問い合わせられてもお答えできない。

冒頭の「自在にヘアスタイルやカラーを変えられるシミュレーションソフト」は、楽しいソフトだと思う。楽しむのに十分な機能をもっているからだ。

でもね、おぢさんは言いたいのだ。私も昔作ったことがある....画像を重ねるだけなら簡単なんだよね、って。

....もちろん、「だけ」ですまないのは承知の上、ですからね。
[倉橋浩一/テクニカル・ピット]
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