オープンソースで理想のメール環境を目指す |
Jobsの言葉を借りるまでもなく、インターネットを利用する上での最重要ソフトはメーラーだが、万人の要求を最も満たしにくいソフトもまたメーラーであろう。 冒頭から少し話がずれるが、かく言う僕は、世界規模でのアクセスポイントの多さやWebメールシステムとのシームレスな連携、そしてiモード携帯との相性の良さ (転送せずに、AOLiメール環境からそのまま送受信できる) からISPはAOLを利用している。しかし、未だに満足なフィルター機能も持たない専用メーラーの出来の悪さには閉口しており、現在に至るもPOP対応をせずに独自のプロトコルを押し通す同社の姿勢を非難する意見にも一理どころか十理はあるのではないかと思う。 ただし、最近のAirMacベースステーションのAOLダイヤルアップ接続に関する進展や、iChatを巡るAppleとAOLの歩み寄りなどを見ていると、メーラーに関してもMac OSとの親和性を高める何らかの動きがあっても良さそうだ……などと虫の良いことも考えている。そもそも、NetscepeブラウザではAOLアカウントに直接アクセスできるのだから、ここの仕様を公開してくれても良さそうなものだ (ここは、ちょっと後でメインの話題と関係してくる) 。 話を戻せば、WWDCではAppleの電子メール重視の姿勢を再度示すべく、JaguarリリースにおけるMail (Mac OS Xにおける純正メールソフト) の機能強化も発表された。ところが、実は身近なところに、考えようによってはもっとずっとMac OSらしいメール環境があったのである。それが、OMEこと「Mac OSメール環境 (Mac OS Mail Environment) 」だ。 OMEのアプリケーションセットの1例。短期間で各モジュールが進化したり、新機能を持つモジュールが付加されるので、実際の使用時におけるユーザーごとのセット内容は異なってくる OMEは、本誌でもおなじみのMacライターであり、Javaベースプログラムのデベロッパーでもある新居雅行さんが中心となり、複数の有志メンバーが参加してオープンソースベースで開発されているメール環境である。 メールソフトではなく、メール環境と呼ばれるのは、これが1つの統合的なアプリケーションではなく、fetchmailとprocmailというUNIXベースのコマンドを送受信処理のコアに利用 (Mac OS Xの場合。Mac OS 9環境では、田中求之さんがREALbasicで開発されたmboxerとUVJ Mailerを利用) して、ニーズに応じたフロントエンドソフトを組み合わせるモジュール構造になっているからだ。 OMEでは、複数のアプリケーションのコラボレーションによって全体環境が構築されるため、メールの作成や返信は、好みのエディタ (Jedit、miなど) を使って行うことができる。また、一覧性に優れたメールブラウザモジュールも用意される しかも、現在のプロジェクトのメインとなっているMac OS Xにおいては、メールファイルの作成やメール送信・返信のためのアプリケーションモジュールがJava、メールブラウザや初期設定ユーティリティがCocoa、モジュール間の連携にはAppleScriptなどが利用され、まさにMac OS Xの基幹技術に則した開発が行われているのだ。 機能的には、メールの下書きやファイルの添付、認証SMTPへの対応はもちろん、IMAPサーバを含む複数アカウントからのバックグラウンドメール受信も実現されている (足りない機能があれば、腕に覚えのある人は自分で、そうでない人は誰かに頼んで作ってもらえば良いのだ) 。 |
1メール=1テキストファイルのメリット |
しかし、最大の特徴は何と言っても、1メール=1テキストファイルというデータ管理法の利点を徹底して追求したことにある。 このメール管理方法自体は新しい発想ではないが、過去のHFSフォーマット下のMac OS (1 ファイルあたりのアロケーションサイズが大きく、サイズの小さなファイルが多数存在する状態でのロスが多い) では、特にボリュームサイズが大きくなるに連れて現実的ではなくなっていったところを、HFS+で格納効率が大幅に向上 (標準で4KB、最小0.5KB) したために、新たな命が吹き込まれることになったのだ。 曰く、Finder上でメール管理ができる (ファイル名で件名や差出人がわかる) 。任意のテキストエディタでメールの作成・返信をサポート。Sherlockによるメール内容の検索が可能。CD-Rなどを使ったバックアップが容易。バックアップメディア上のメールのブラウズも普通に行える、など。 さらに、ちょっとした工夫だが、未読、既読、返信済みのメールファイルで異なるアイコンデザインを用意したことで、視覚的な区別も容易に行えるようになっている。 1メール=1テキストファイルという特徴を利用して、保存メールの状態に応じてアイコンを変化させ、Finder上でもステータスが一目でわかるようになっている 利用者&開発者、募集中!ということで、以前から新居さんは原稿内でもメールソフトの開発を仄めかしてはいたのだが、僕も不勉強で、iWeek2002で実物を見るまでは、ここまで進んだ環境であるとは思っていなかったのである。 そして、本来であれば新居さん自身が解説を行うのが最も的確な紹介方法だと思って打診してみたのだが、どうも自分自身が関わっているプロジェクトだと他の記事のように客観的には書けないとのことで、僕が (あくまでもサワリの部分に限ってだが) 記事にすることになった。 しかし、ここは1つ、やはりプロジェクト創始者としてのメッセージが欲しいと感じて、WWDCの合間を縫ってショートインタビューを試みた結果を以下に収録した。 WWDCのJavaバナーを背にしたカットが妙に決まるOME開発プロジェクトの創始者である新居雅行さん。本誌コラムニストとしてもおなじみだが、今回は開発者の立場でご登場いただいた 大谷 そもそもの開発のきっかけは? 新居 実は、2000年問題の頭に、Outlook Expressのファイルをすべて壊してしまって (笑) 、こりゃいかんというわけで、400Mバイトのファイルを何とか復旧しようとスクリプトを書いている時に、ふと思いついたんですよね。それで、うまく行かないはずがないと……。 大谷 1メール=1テキストファイルという点が最大の特徴ですね。 新居 OSにとって1番安定した保存形態なわけで、しかも、メールなら1Gバイトのテキストを送ってくる人間も居ないですしね。もちろん、1 つ1つのメールが数Kバイトでも、さすがに1,000~2,000個のメールを一覧しようとするとMac OS Xでも重くなるし、そういうスケーラビリティの問題はあるけれども、そこは仕方がないかなとは思っています。 大谷 新居さんと言えば、かつてはOpenDocとかCyber Dog関連の第一人者だったわけですが、OMEには、ちょっとそういう匂いもありますね。 新居 いや、実はあえて言わないようにしていたんですが (笑) 、要はOpenDoc環境を復活しようということなんです。 大谷 やはり! 新居 コンポーネント化されたソフトウェアのほうが柔軟性が高いとは常々思っていて、ただ、その時代時代に合ったやり方が必要かなと。そもそも、何故、OpenDocがこけたかと言えば、あの時代のあの貧弱なOS環境とメモリ管理では、あんなことできるわけがないと思っていて、実際そうだったわけです。一方で、UNIXだと、プロセス管理やメモリ管理が優れているわけですが、それに合わせたコンポーネント化があるんじゃないかと。 大谷 でも、OMEは、Mac OS 9版からスタートしたわけですよね? 新居 もちろん9版も真面目に作っていたんですが、その時点からMac OS Xには期待していて、横目で研究しながら作っていたというか……。しかし、やっぱりMac OS X版が本命ですね。いや、今だから言いますけど。 大谷 Jaguarがプレビューされた今だからこそ、そういうことは、どんどん言いましょうよ。それで、開発に関わっているコアメンバーは何人くらいですか? 新居 アクティブなコアメンバーは、5、6人かなぁ。別に告知とかリクルートをしたわけじゃなくて、微妙にホームページなどでプロジェクトを露出していったら、ある日突然、メールブラウザを作ってきてくれた人や、スクリプトをいっぱい書いてきた人が居て……。 大谷 良いですね、そういうの。 新居 面白いのは、今、メールブラウザの開発が熾烈化しているんですよ。最初は1人だったのが、2人目が名乗りを上げたら、急に競争意識が出たらしくて。 大谷 そのあたりが、オープンソースらしくて面白いですね。 新居 もちろん、同じ環境内に異なる考え方のブラウザが2つあっても良いわけで、それぞれテイストの異なるものに育っていってほしいと思います。その一方では、メールブラウザは使わずに、テキストファイルとエディタだけで十分というシブい方も居るわけです。しかも、同じエディタでも、僕はJeditですが、半数くらいはmiを使っている。そうすると、良い意味で話が合わなくなってくるんです。 大谷 それは例えば? 新居 miだと短文登録的な機能を簡単に呼び出して使えるので、それでメールアドレスを管理すると、独立したアドレス帳機能は要らないって言ったりとか……。 大谷 なるほど。 新居 で、そこに自動的にアドレス登録をしてくれるスクリプトを作られると、本当に他に何も要らない。ところが、他の環境だとやはりアドレス帳機能は必要なわけで、そういった具合に、ユーザーごとにバラバラなんです。だから、OMEってどういう環境なんですか? と質問されても、説明できないんですよ (笑) 。 大谷 でも、まあ、今後のことを考えると、Jaguarのアドレスブック機能などには対応する予定はあるわけですよね? 新居 それは今のアドレスブックでもメールの新規作成には使えるんですが、そうですね、次の段階としては、送られてきたメールから自動的にアドレスを抜き出してアドレスブックに登録できるといいなぁ、とは思います。 大谷 ところで、今のOMEは、新居さんの全体構想からすると何合目まで来た感じなんですか? 新居 う~ん、リミットがないので、まったくわかりません (笑) 。ただ、コア部分に関しては、あと1年くらいで完成かなと思っています。それで、これから難しいところにとりかかりますが、それはメーリングリストのコメントチェーンをOME環境内で、いかにうまく扱うかということなんです。 大谷 OMEのMLでも議論されていましたね。 新居 そのあたりができれば、コアは一通り完成かなと。それから先は、PostPet対応のモジュールがあっても良いし、僕自身はOME対応のボイスメールシステムを作りたいと考えています。もう画面は見なくても、全部声でやってしまう。 大谷 それは面白い。そういうところまで行ける可能性を秘めているわけですね。 新居 あとは、経費の精算システムなんていうのも、データをサーバに送って、そこで処理が行えるようなコンポーネントがあれば良いので、特殊なメールシステムと考えることもできますしね。そういうバーティカルな使い道というのも出てくるでしょう。 大谷 アメーバのように用途を広げていく……。 新居 コアができてしまえば、後は色々と遊べますよ。 大谷 で、そこまでがあと1年……。 新居 基本部分はもうできていると思うし、実は国際化もインプリメントしてあるんです。ただ、語学的な問題で、たとえば自分では中国語のメールを送ったり受けたりができないので、ちゃんと動くのかを確かめられない (笑) 。あるいは、日本語メールの件名のエンコーディングのルールのようなものが、他言語圏にもあるのかどうか? 大谷 各国語版はテストが大変だ。 新居 だから、そういう語学に堪能だったり、各国のメール事情に詳しい人にも積極的に参加してもらいたいんです。 大谷 ドキュメンテーションの各国語化も必要ですしね。 新居 まあ、まずは僕が情報を全部出さないことには、日本語のドキュメンテーションも出来上がらないんですが……。それと、自分でも簡単なマニュアルを書いているんですが、プログラマでもあるのでダメなんですよ。「ソース見てくれ」って言いたくなってしまうので。諸々含めて、わがままな開発集団ですよ。 大谷 でも、基本的には自分たちが使いたいものを作っているわけですから、良いんじゃないですか。というところで、最後に、創始者として、これだけは言っておきたいことはありますか? 新居 ともかくは、まずOMEを使ってください、ということですね。それから、趣味の世界ではボトルの中に帆船を作ってしまう人もいるわけですが、ソフトの世界にもそうした作る楽しみがあるので、OMEに関わることで、そういう楽しさも知って欲しいと思います。OMEは、そこまで汎用性はないけれども、電子ブロック的なものなんです。1からメールソフトを作るとしたら、相当スキルがある人でも長い時間がかかりますけど、OMEにはすでに土台があって、コンポーネント化されている部分の一部を書き換えたり作ったりするだけで欲しい機能が実現します。それで、一緒に作る楽しみを分かち合いましょう、ということでお願いします。 大谷 来年のWWDCでは、Apple Design Award狙いですね! なお、最後になったが、OMEの最新ディストリビューションは、ここからダウンロードできる。同ホームページからは、開発者と利用者が意見交換を行えるメーリングリストの登録画面へもリンクしているので、これを読んでOMEに興味を持った読者の方は、ぜひとも参加していただきたい。 個人的な希望はと言えば、AOLに対応したメール送受信のコアがどこかで公開されてOMEに組み込まれることであり、開発コミュニティが拡大すればそのうちに実現するかもしれないと、希望を捨てずに待つことにしたいと思う。 プロフィール テクノロジーライター、私設Macintoshエバンジェリスト、自称路上写真家、原宿AssistOnアドバイザー。メインマシンはPowerBook G4+Mac OS X 10.1.4 (& Classic環境) 。最新刊「Macintosh的デザイン考現学」 (毎日コミュニケーションズ刊) 。今年のWWDCはキーノートだけでも行った甲斐があったという印象。 大谷和利 |